あなたのもとへ
「彼氏さんにあげるの?」
目的地へと向かう途中、リンちゃんの言葉を思い出し、思わず、笑みがこぼれた。
今年のバレンタインはなんでだろう、今までとは違う気がした。
ラッピングを選ぶときも、お菓子の本をながめているときも、細かい手作り作業をしているときも、
できたお菓子を飾り付けているときも、色めき立つ自分がいて。
こんな心の浮かれ具合はやっぱり特別な相手がいることに由来しているからなんだろう。
まるで少女漫画の中の女の子のようだ、と思いつつもこの逸る気持ちが決していやなものでなく、
むしろとても楽しく、心地よいことだなんて去年の私なら知らなかったことだろう。
腕時計を見ると待ち合わせの時刻が迫っている。
私は躍るような足取りで目的地へと急いだ。
鞄の中のプレゼントと胸元のハートのペンダントトップが揺れるのがわっかった。
幸いなことにクオはまだ待ち合わせ場所の公園に着いていないみたいだった。
私はいつものベンチに腰掛けて身なりを整えた後、鞄の中から包みを取りだす。
中身はブラウニー。初めて作ったけど、多分、上手くできていると思う。
早くあの人は来ないかな、と高揚感が増してくる。
その時遠くに人影が見えた。それは見慣れた、私にとって初めての恋人。
「お待たせ」
「クオ!」
現れたクオはマフラーに顔を埋めて、軽く右手を上げて立っていた。
そのマフラーは私がクリスマスにあげたもので、律儀なことに会うたびにクオはつけてきてくれる。恥ずかしいから言わないけど、すごく嬉しい。
こんな風にクオにはいつも喜ばされぱなっしだから、バレンタインくらいは私が喜ばせてあげたい、という淡い期待が実はあったりする。
「今日、会うってことは、その、期待してもいいのかな?」
少し照れた感じでクオが私の隣に座る。
さすがにクオでもバレンタインデーがどういう日であるかは知っているみたいで、私は思わず笑ってしまった。
「何で笑うのさ」
「ううん、バレンタインは知ってるんだな〜って」
「そりゃ、男としては気になる日だし・・・で、どうなんだろう?」
「期待、してもいいと思うよ」
少しばかり強気な口調で、でも内心はバクバクもので、さり気なく包みをハイ、と渡す。
本当に期待に添えているかという一抹の不安が心の中を掠める。
「手作り?」
「うん、お気に召すといいんだけど・・・」
「ミクが作ったものなら絶対おいしいよ」
「わからないよ、私がすごく味オンチなかもしれないし」
そんなことないよ、と否定しながらクオは受け取った包みをそっと開ける。
クオには言ってないけど、このブラウニーはクオにだけ食べてもらいたくて、家族に渡したバレンタインのプレゼントとは違うものだったりする。
リンちゃんにも言ったけど、愛情はたっぷり篭めたつもり。作ってる最中ずっとクオのことを考えていたもの。
とは言え愛情が入ってたからって必ず美味しいとは限らないのが世の常で。
いただきます、と小さく呟いてクオがブラウニーを一切れ頬張る様子を思わずじっと見てしまう。
「・・・・・・どう?」
「おいしいよ」
ついそう聞いてしまった私に、クオは手の中に半分ほど残るそれを差し出してきた。
どうしようかと思ってクオの顔をもう一度見ると、ニコニコと言うよりはニヤニヤと表現したほうが的確なちょっとイジワルな顔をしていたので、思い切ってえいっとクオの手から直接ブラウニーを頬張る。
「どう?」
「おいしい、と思う」
もぐもぐと口を動かしながら告げると、よかったと、嬉しそうにクオは笑った。
作ったのは私なんだけどなーと思っていたら、ふっとクオの顔が近付いてきて、唇の端をペロッと舐められた。
不意なその行動に驚いて目をパチクリさせていると、
「口についたチョコも僕のものだよね」
とさも当然のように言われ、私の顔には熱が一気に集まったのがわかった。
今日くらいはクオを喜ばせたかったのに。のに――!
今回もまた、私がおいしい思いをしてしまい、ちょっと悔しいなんて思っしまったのだった。