誕生日の約束


毎年、毎年この日はただ幸せに過ぎていくだけだった―――。


「「ハッピーバースデイ」」

二人の部屋の時計の日付が変わった瞬間あたしとレンの声が重なる。
いつからだろうか、こうやって二人で自分たちの誕生日を祝うようになったのは。
家族にもお祝いしてもらうけど、それとはまた違う二人だけの誕生日会。

「ハイ、これ」
「あっ、あたしもレンに・・・」

お互いへのプレゼント交換も毎年恒例。
中身は相手に秘密。

「開けていい?」
「いいよ」

プレゼントを受け取ると早速あたしはその包み紙を開けにかかる。
ちらっとレンを見ると、丁寧に包装紙を開けている姿が目に入る。

この時間はプレゼントへの期待と、相手が喜んでくれるかという不安が混ざった感じ。
もっともレンからのプレゼントはいつもセンスがよくて、もらって嬉しくなかったことはないんだけど。

「あっ・・・・・・!」
包み紙の下に隠されていた白い紙箱を開けると思わず声が上がる。

プレゼントは手袋だった。可愛い女の子らしいデザインの。

「あっ・・・・・・!」
向かい側にいるレンからも同じような声が上がる。
レンを見ると驚いた表情をしている。

その理由なら分かる。だってあたしからのプレゼントも手袋だもん。

レンも顔を上げて見詰め合う。
そしてどちらともなく笑い声が漏れる。

「リンも手袋だったんだ・・・真似するなよなー!」
「レンこそっ!」
「どうせ失くしたままだから丁度いいだろう」
「うっ・・・でもレンだってまだ小さいの使ってるでしょ」

そうやってしばらくは押し問答が続いたけど、ふと沈黙が訪れた。

「ねぇレン、外出ない?」
「・・・いいよ」

否定されると思っていた提案をレンはあっさりと肯定すると、早速あげた手袋をつけ始める。
あたしはレンの気が変わらない内にと思って、手袋を持って部屋を飛び出した。



「うわぁ。寒い」
「当たり前だろ冬なんだから」

庭に出たあたしの第一声に呆れたようなレンの言葉が返ってきた。
あたしは急いで出てきたせいもあって手袋と薄っぺらいカーディガンだけなのに対して、レンはちゃっかり厚手のロングコートまで着ていた。

「星きれいだな」
「うん」

頭上では幾千の星が青白くひしめいている。
星座なんて何ひとつ分からないけど、それはとても幻想的な光景。

「冬は空気が澄んでる」
「わかる、さっきから肺が痛いもん」
「えっ!?」
「あっ、冷たい空気吸いすぎちゃってってこと」

それでもあたしはその澄んだ空気が好きで、深呼吸をして肺の隅々まで冬の空気を流し込む。
冷気が胸いっぱいに入ってきて、少しだけキリキリと痛い。
鼻の奥もなんとなくツンとする。冬の匂いだ。

「リン」
「きゃっ・・・!」
呼びかけられたと同時にレンのコートにすっぽりと飲み込まれる。

「うわっ、冷たい・・・!」
あたしの冷え切った身体にレンはいささか眉をひそめる。
コートの中で密着したレンの身体は少し温度が高めで、安心したあたしは突然の出来事に強張っていた力をゆっくりと抜いた。

「・・・・・・・・・変わっちゃうのかなぁ・・・」
「何が?」
「身長とか、声とか、見た目・・・・・・それから気持ちも」

少しだけ視線を上げるとレンと視線がぶつかり、同じ色の瞳に捕まる。
断ち切るために目を閉じて、狭いポケットの中で手を繋いだときのことを思い出す。
あたしより一回り大きくて少し骨ばった手。自分とは確実に違う。
この視線だってもうしばらくしたらお互いが意識しないと合わさることがなくなるだろう。

「ずっと、一緒じゃいられないんだね・・・」

来年の誕生日だって今日みたいに二人で祝っているかわからない。
変わりたくない。
いつまでもこうして一緒にいたい。

ただ年齢を重ねるのが楽しかったあの頃。
戻りたい。
いくらそう思っても、目の前の現実に途方に暮れるばかり。

「変わらないよ」
「・・・・・・・・・え?」

「オレがリンを好きって気持ちは」
「・・・・・・・・・!」
「だから、来年も一緒に誕生日祝おう?」
「・・・・・・・・・っうん!」

レンの言葉が優しく鼓膜を震わせるのと、あたしの涙が零れ落ちるのはほぼ同時だった。
こらえ切れない嗚咽とともに吐き出された息は白く、自分が生きていることを証明したあと一瞬で闇に溶ける。

甘えるとは違う衝動でレンの胸に顔をうずめると、背中に回された腕に力がこもるのがわかった。
受け止めた熱と一緒に不安だった思いもゆっくりと冬の夜空に溶けていく。
狭いコートの中で抱きしめられた身体。

今はもう冷たくない。