星流れ


「今度はミクから話しかけて」

あの一言が忘れられずに私は彼と出会った道を何度も通る。
今日も変に見られない程度にゆっくりした歩調で辺りを確認するように歩いているが、やっぱりミクオは見つからない。
空はゆっくりと紫色を帯びはじめ、私はまた会えなかった・・・と落胆した。

もしかしてミクオは幻だったんじゃ・・・。
でもそんなことはない、私は覚えてる、あの温かかった手を、涼しげな声を。

「うぅっ、絶対見つけだしてやるんだからっ!」

意気込みに思わず声が出る。でも周りに誰もいないからいいや。
それにこのやるせない気持ち、声に出さなきゃますますやってられない。

「待ってなさいミクオっ!!」

腰に手を当てビシッと指を天に向ける。

「僕ならここにいるけど」

「うひゃぁ!!」
不意に後ろから声がして思わず奇声を上げてしまった。

「ミ、ミ、ミ、ミクオ!?」

振り向くとそこにはミクオが必死に笑いをこらえてる感じで立っていた。
見られた。
全部見られた・・・。
少し涙目でミクオを睨む。

「ごめん、ごめん」

ようやく笑いが引っ込んだミクオが謝る。
ちょっと軽いのが気になるけど、私としてもあんまり引きずってもらいたくないので、この件はこれで水に流すことにする。

「もしかして毎日僕のこと探してた?」

図星。でもここは素直に答えておく。

「うん。ミクオここら辺によくいるみたいなこと言ってたから。
 でも全然見つからなくてしょげそうだった・・・。」

じゃなきゃあんな風に気合を入れたりしないわよ。
ちょっと拗ねていると、

「本当にごめん。でも実は俺毎日ミク見かけてたんだ」

・・・なんですって!?
その一言に私は目が点になる。
ミクオはちょっといたずらっぽそうな顏をして、

「こっち付いてきて」

と私の前を歩き出した。
ミクオが一体どこから私を見ていたのかが、すごく気になった。
あんなに探したのに見つからなかったんだもん。
きっと隠れていたと言っても過言じゃないはずだ。

ミクオは私が歩いてきた道を少し戻った所にある橋の近くで歩みを止めた。
そして私のほうをちらっとみる。

「今日はきっといいものが見れるよ」

そう言って、そのままなだらかな土手を降り始めた。
私もあわててミクオの後を追う。

ミクオがたどり着いたのは橋のしたで、そこだけ地面じゃなくコンクリートになっていた。

「ここ涼しいでしょ?」
髪を揺らして私に聞いてきた。

「暑いからいつもここにいたんだ」
にっこりと嬉しそうな顏をする。


「・・・・・・こんな、」

「え?」

「こんな場所にいたんじゃ見つかりっこないよ!!」

つい大声が出てしまった。でもズルイ。
私はあんなに一生懸命探してたのに、こんなところから私をみてただなんて。

「私、もう、会えないかと思った。」

泣いたら負けだとわかってるのに、声が涙声になって、目が滲み始めた。
まさかこんなことになるとは思ってなかっただろうミクオが慌てて近寄ってきた。


「ミク、ごめん・・・。」

さっきと違う動揺した声で謝る。そしてうつむいた私の頬にそっと手を寄せてきた。

「ね、ミク顏上げて。いいもの、見れるから」

ミクオに促されて私はゆっくりと顏を上げた。


「あっ・・・!!」
目の前で流れる川にはゆらゆらとホタルが舞っていた。

「すごい、すごくきれいだよ、ミクオ!」
思わず笑顔でミクオに話しかける。

「よかった、笑顔に戻った」
ミクオに言われてさっきまで泣いて怒っていたことを思い出して恥ずかしくなった。

「本当にごめんねミク。でもミクが俺のこと探してくれて嬉しかった」
ミクオが微笑む。その笑顔にまたもや私はドキッとした。この顔は反則だ。

赤くなった顏を隠すため私はミクオから離れてホタルを眺めだす。
ふわふわと光を放ちながら飛んでいるホタルは幻想的だった。


「幻じゃないよね・・・?」
「何が?」
「ホタルもミクオも。」

会えない間に抱えた不安。押しつぶされそうだった思い。
そしてホタルの今にも消えてしまいそうな儚い光をみてると、
ミクオは現実にはいないんじゃないかと考えてしまう。

「ホタルは、今だけかもしれないけど、僕は消えないよ。
 ミクが見つけられないなら見つけられるとこにいるよ」

「本当に?」

「うん」

それは、私をなだめるための優しい嘘なのかもしれない。
でも今はその言葉を心から信じるしかなかった。

明日にはきっと消えてしまうホタルの光が水面に反射して、
まるで星のようにきらきらと漂っていた。