霍乱

川沿いの遊歩道は遮るものが何もなく、
直射日光はジリジリと音をたててるんじゃないかと思うくらい強かった。

私は立ち止まり、膝に手をついて地面を見る。
普通に歩いてただけなのにひどく呼吸が荒い。
汗が異様なほど出てきて服を濡らし気持ちが悪い。

これは、やばいかも・・・。

早く、帰らなくちゃ。
そう思ったとき、


「大丈夫?」

上から声が聞こえた。

「え・・・?」

「これは大丈夫じゃないみたいだね」

顏を上げるやいなや手首を掴まれ、歩き出した。
私はよろめきながらその人に付いてくのに必死だった。

普段なら知らない人には絶対付いていかない。
でもその人なら安全だって、なぜか思った。

目には水のようにサラサラと動くその人の髪が映ってた。


その人が連れてきてくれたのは、人気のない公園のベンチだった。
ベンチの傍には大きな樹が立っていてちょうどベンチが陰るようになっている。
その人は私をベンチに寝かせると、さっとネクタイを緩め、ボタンを数個はずした。

「そのまま楽にしてて」

そう言ってその人はどこかに行ってしたまった。
私は言われた通りそのままベンチに寝転がっていた。

目をつむると風がサァーッと吹いてきて心地がよい。
あの人は一体誰なんだろう。
初めて会ったのに、どこか懐かしさを感じるあの人は・・・。


ハッと思って身体を起こすと、日はさっきより幾分低い位置にあった。

「目、覚めた?」

私が寝ていた横にその人は座っていた。
こくんとうなずくと、

「じゃあこれ飲んで」

とペットボトルのスポーツドリンクを手渡してきた。
私は受け取り、ごくごくとすごい勢いでそれをのみ干した。
まさかこんなに喉が乾いていたなんて。

「さっきより大分顔色がいいよ。初音ミク」

「あ、ありがとうございます・・・」

お礼がまだだったことに気づき慌てて言う。

「イヤ、いいよ。それより暑い日は気をつけなきゃだめだよ。
 特に僕たちみたいなボーカロイドは」


そう言われて気が付く。
今この人私のこと初音ミクって。
そして僕たちボーカロイドって・・・。

「不思議そうな顔してるね。あ、でも僕たちっていうのは正確な表現じゃないかな。
 僕は歌うことができないし。」

「えっ、え??」

私の頭の中は余計に混乱する。
この人は私を知ってて、ボーカロイドだけど歌は歌えなくって・・・。

「あの、あなたの名前は何ていうの?」

ぐちゃぐちゃの頭の中から唯一出てきたまともな質問。
うん、まず名前を聞かなくちゃ。

その人は一瞬ためらったけど、

「僕の名前はミクオ。君のデータを元に作られたんだよ」
とすぐに教えてくれた。
確かに服装も似ているし、
髪や瞳の色も私と同じ色をしている。

私を元に作られた存在。
でも、その涼やかな声は歌うことができないらしい。

「君のことは時々見かけてたんだ。あの川沿いよく通るよね?」

「うん。」

「初音ミクってどんな子何だろうって気になってたから、話せてよかった」

ミクオは立ち上がって、うーんと伸びをした。

「立てる?」

ミクオは私の手を取り引っ張った。
私はミクオに手を引かれて立ち上がる。

最初に感じたあの感覚の理由がわかった。
この人はリンちゃんでいうレン君なのだ。

私の片割れ。

「あっ、あのまた会える?」

考えるより先に言葉が出ていた。
だってせっかく会えた片割れなのに、これでお終いなんて寂しい。
ミクオがきょとんとする。


「いいよ。今度はミクから話かけて」


そう言って優しく微笑む。

その笑顔に一瞬ドキッとした。
手はまだ繋いだままだった。