あたしのハート
「あっこのワンピース可愛くない?」
「こっちのチェックのやつもいいよ〜」
「このスカートのレース部分も捨てがたいね」
休日を利用してあたしとミク姉とレンは家からちょっと遠目のショッピングモールに出かけてきている。
あたしとミク姉はそこでやっている冬物セールが目的でレンは荷物持ち。
冷たい風だけを遮断して、まろやかな午後の日差しを目一杯受け入れているガラス張りの天井のおかげで、店の中は暖かく、人で賑わい、空気が埃っぽかった。
「ねーレンこれどう?」
手に持つスカートを腰に合わせて振り向く。
「そのスカートは丈が短すぎると思う」
嫌がるレンを半ば強引に連れて来た挙句3時間以上女物の服屋や靴屋を引っ張りまわされているからだろうか、レンの反応は予想以上に険しかった。
「えーそうかなー?」
「うん」
「可愛いと思うんだけどなぁ」
頬を膨らまして渋々スカートをハンガーに吊るして元に戻す。
無理やり連れて来たのは悪いとは思うけど、そんなに素っ気無くてもいいんじゃないかな・・・。
「リンちゃん!スカートどうだって?」
他の場所でコートを見ていたミク姉が近寄ってくる。
「丈が短すぎるだってぇ」
「そうかな?ちょっと位短いほうが可愛いと思うんだけどな」
「あたしもそう思うんだけど・・・」
チラリとレンの方を見ると、疲れたのかお店の外の通路の壁に寄りかかっている。
ミク姉はあたしの様子にすぐに気が付いてニヤニヤと笑いながら、
「でも、レン君に気に入られたいんだよね」
と耳もとで小声で囁いた。
「・・・・・・・・・わかる?」
「わかりますともっ」
普段おっとりしてるのに、こういう事にはすごく敏感で、やっぱりミク姉はすごいなぁと思ってしまう。
メイコ姉やカイ兄とは違う種類の安心感がある。
「あたし、あっちにあるワンピースも一回見てくるね」
指で方向を示すとミク姉はわかったと手を振ってくれた。
その顔はすごく嬉しそうに笑っていた。
5分くらいして、気に入ったワンピースを片手にまたレンに見てもらおうと彼を探す。
今度は丈を注意されないように長めのものを選んだつもりだ。
身長がないから、あんまり丈が長いと野暮ったくなっちゃうんだけどなー、そんなことを内心思いつつ自分と同じ金髪が棚の影からチラッと見えた。
驚かそうと思ってこっそり近付くと、
レンはミク姉と一緒にいた。
そしてその手にはさっきまであたしが持っていたスカートがあった。
まだ2人はあたしには気づいてないらしく、笑顔でとても楽しそうになにか話している。
そのレンの笑顔がなぜだろう、すごくあたしの心を逆撫でた。
普段なら大好きなはずの彼の表情が今はあたしを切なくさせる・・・。
「リン気に入ったの見つかった?」
どうやらレンがあたしに気づいたらしく顔を上げると目の前にいた。
咄嗟に手に持っていたワンピースを近くにあるラックに乱暴に掛ける。
「ううん、どれもイマイチだった!」
と複雑な心境を隠すように努めて明るい声で答えた。
「それならミク姉も買い物済んだみたいだしそろそろ帰ろうぜ」
「・・・・・・・・うん。」
「二人ともお待たせっ!」
話している傍にお店の紙袋を掲げたミク姉がやって来た。
多分、さっきのスカートが入っているだろうその袋をレンがサッと奪う。
「あっ、いいよ自分で持つよ」
「いいって、今日オレ荷物係だし」
「・・・ありがとう」
笑顔で言うレンにミク姉が照れながらお礼を言う。
別に普段と何ら変わらないやり取りなのに。
レンの優しさがミク姉に傾いてるという事実が、私の複雑な心境を更に成長させた。
「暗くなるの早くなったねー」
「そうだね、息も白いしすっかり冬だね」
「あっ、一番星!」
「本当だ」
二人の楽しそうな会話を聞きながらあたしはワザとゆっくり目に歩いて距離を置く。
普段ならちょっと距離ができるとレンはすぐ振り返って手を差し伸べてくれるのに、今日はなかなかこっちを向かない。やっと振り向いたと思ったら、もっと早く歩かないと置いてくぞ、と一言放っただけだった。
そんなにミク姉と話してるのが楽しいの?
あたしの事はどうでもいいの?
こんなに近くを歩いているのに。
すごく遠くにいる気分。
ああ、これはきっとあたしとレンの心の距離なのだ。
ピタリと歩みを止めると、ジワリと涙が滲んだ。
二人の背中が余計に遠ざかる。レンもレンだけど、ミク姉もミク姉だ。
二人だけで楽しんじゃってズルイ。あたしは一人で勝手にイライラした。
自分ではどうしようもできない感情に更に苛立った。
「リンっ!?」
立ち止まっているあたしにやっと気づいたレンが駆け寄ってくる。
「リンちゃんどうしたの?どっか痛いの??」
後を追いかけて来たミク姉もおどおどしながら心配してくる。
――――――ズルイのはあたしだ。
こんな子供みたいなマネしたくないのに。
そう思ってるのに、、、二人に優しくされて涙がボロボロと零れた。
こうなったらもう自分しか手に負えないと思ったのだろうか、レンは盛大なため息を一つ吐いてミク姉に先に帰るように言った。
でも、と心配するミク姉を大丈夫だから、とレンは押し切り何度も振り返る彼女が見えなくなってからやっと口を開いた。
「お前なーあんまりミク姉に気遣わせるなよ」
まだ鼻をすんすんと鳴らしていたがどうにか涙は引っ込んだあたしにレンは言う。
「レンは、、、レンはミク姉が大切なんだもんね」
「ハァ?」
「あのスカートだってミク姉の方が似合うと思ったんでしょう・・・!」
「リン・・・?」
吐き出すように一気に言うとレンの声色が訝しげなものに変わる。
「ずっと、ミク姉ばっかり、見ててニヤニヤしちゃって、あたしなんて、、、どうでも、、いいんでしょっ」
泣くまいと思ってたのに、また涙が視界を歪めた。
言葉にしてしまうと嫌なところばかり思い出してしまい、どんどん心が荒れていく。
勝手に突っかかって、ふて腐れて、レンにしてみたら鬱陶しいことこの上ないのに。
頭ではわかっているのに。
気持ちがついていかない。
「スカート気づいてたんだ?」
「・・・・・・・・・うん。」
「家まで秘密にしてようと思ってたんだけどなー」
頭をがしがしと掻きながらレンは言う。
その言葉にあたしは弾かれたように顔を上げる。
「あのスカート、リンへのプレゼントだよ」
「えっ・・・・・・?」
「ミク姉に相談してもらってね、リンすごく欲しそうな顔してたから買ったんだよ」
「だって似合わないって・・・!」
「似合わないとは言ってない。ただ丈が短すぎるから、その、、、他の奴には見せたくないなーと思っただけ」
最後のほうは何故か小声でレンは言った。
あたしは今レンと手を繋ぎながら家路に向かっている。
ささくれ立った心はどこへやら、現金なやつって思うなら思えばいい。
「スカートたくさんはいちゃおう」
「あんまり人混みでは着るなよ」
「じゃぁデートのときもズボンにしよっかなー?」
「・・・・・・・・それだけは勘弁」
レンの言い方に私はクスクスと笑い声を上げる。
「ねーリンさ」
「うん?」
「ミク姉に嫉妬してたろ?」
「そっ、そんなことないもんっ!!」
否定したけどたぶんバレてるんだろうな〜と思ってチラリとレンを見ると、
蕩けるような満面の笑みで手を更に強く握ってきた。
その笑顔にあたしは思わずドキリとして赤面する。
ああ、あたしのハートはどうやらレンにがっちり掴まれてしまっているみたい。
向こうも返してくれる気はないみたいだけどね―――。