夏と花火と彼女の浴衣

ドーン、ドーンと外から音がし始める。
川原で花火大会が始まった証拠だ。

浴衣に着替えてきゃあきゃあはしゃいでいたリンとやけに静かだったレンが最初に出かけ、
最後まで鏡の前で全身チェックをしていたミクがさっき家を出た。
ふぅっと一息ついて私はリビングの椅子に腰掛ける。

「静かになったねー」
玄関でミクを見送ってきたカイトが部屋に戻ってきた。
「そうね」
答えながらまだ闇に染まりきらない空を見上げる。
残念ながらこの家からは花火は見えなそうだった。

「めーちゃんは浴衣着ないの?」
向かいの席に腰掛けたカイトが目をキラキラさせながら聞いてきた。
「着ないわよ」
バッサリと切り返すとガクッとカイトはへこんでみせた。

「そもそも持ってないし」
「えっ、そうなの??」
「ミクにあげたのよ、あの白いやつ」
「あー確かに若い子向けのデザインだったもんねー」
そう言ったカイトに一発くれてやる。
カイトは鉄拳制裁を受けて机に突っ伏していた。

「妹に伝えることできるって、何か嬉しいわよ」

満足げな顔で告げると、顔を上げたカイトがめーちゃんらしいって優しく微笑んだ。
しばらく花火の音だけが響く。

「花火、見に行く?」
おもむろにカイトが聞いてきた。

「今から行っても人の頭見に行くようなもんよ」
「・・・そうだね」
その残念そうな顔に、胸がチクッと痛んだ。でも事実だし。

「あっ、じゃあ」
カイトが急に立ち上がりリビングを出た。
何か思いついたんだろうか?

「これ、やろう!」
カイトが持ってきたのは、この間ミクがみんなでやろうと買ってきた花火セットだった。

「2人でやったらミク残念がるわよ」
「同じの買っておけば大丈夫だって」
ね、せっかくだし?とカイトが促す。
「そうね、じゃあやっちゃおうか」
私が同意するとカイトはすごく嬉しそうにじゃあ僕バケツ用意するよ、と部屋を出て行った。


私は花火の袋を開け中からろうそくを取り出して庭への窓を開ける。
カイトがマッチとバケツを持ってきたのでマッチを受け取り、地面に立てたろうそくに火をつける。
火がついたろうそくの傍にカイトが水を満たしたバケツを置いた。

「始めよっか」
私が花火を差し出すとカイトはうんと大きく頷いて、花火を1つ取る。

ろうそくから火を貰った花火は景気のよい音をたてて火花を散らし始めた。
刺激的なけむりが目にしみるが、色とりどりの花火はきれいだった。
川原からは定期的に花火が打ち上がる音が聞こえる。

「ここで冷えたビールでもあればなぁ」
私がつぶやくと、
「そう言うと思って・・・」
カイトが立ち上がり冷蔵庫へ向かう。
ジャーンとキンキンに冷えたビールとグラスを取り出してきた。

「気が利くじゃない!!」
「めーちゃん今日は飲みそうだなーと思って、さっき冷やしておいたんだ」
何を根拠に、と思ったけどビールを前にニヤけている私は文句は言わなかった。

「カイトも飲むの?」
2つあるグラスを見て聞く。
「うん、せっかくだし」
「めずらしいわね」
言いながらプシュとビールを開けて黄金の液体をグラスに注ぐ。
カンパイとグラスを鳴らしグイッと一気に飲む。

「あー幸せ」
カイトはとういと味わうようにちびちびと飲んでいた。
私は2杯目を注ぎ、花火を再開しながら、また一口飲む。

庭先は再び花火のけむりで曇っていく。
カイトはその様子を静かにながめている。

「こうゆうのも中々オツね」
「カイトは花火もういいの?」
「ミクが気づく前に買わなきゃね」
私がカイトに何度も話しかけても、カイトはうん、とかそうだね、とかの生返事しかしなかった。

私はカイトを怒らせてしまったかしらと口を噤む。
久々に飲んだからはしゃぎすぎた気はするけど・・・、そんなことでカイトは怒るかしら。
そう思って黙っていたら、

「来年は新しい浴衣買って、一緒に花火大会見に行こう」

私は思わず振り向きカイトの顔を見た。
けど花火のけむりでどんな表情をしているか判らなかった。

別にいいわよ、
言おうと思って止めた。
浴衣なんかなくったっていいのだが、彼なりの気遣いだろう。

「そうね、それもいいかもね」
答えながらその優しさが心地よく、

少しだけ心苦しかった。