セレストブルーpart2
その日いつものようにビルへ向かうと受付で呼び止められ、最初に説明を受けた秘書風の男が出てきた。
「今日からこのビルの経営者が変わりました」
口調は丁寧だが、スーツは皺だらけど、顔には疲労の色が窺える。
「急で申し訳ないのですが、観用少女の世話は昨日付けで・・・」
「なんでっ!?」
自然とレンの語気が強くなった。
つい先日この会社のボスに会ったばかりなのだ。その時彼は言っていた、いつまでもくよくよしていられないと。
それなのに何故、とレンの頭に疑問が湧き上がる。
「・・・・・・・奥様が亡くなって」
男は少し悩んだようだが、やがて苦渋に満ちた表情でレンに話し出した。
「ボスが塞ぎ込んで経営が麻痺したほんの束の間の隙を、相手の会社は狙ってきたのです」
今このビルは人員削減のため大半の人が会社を強制辞表が発表されたとも付け加えた。
ビルの中が騒々しいのはそのせいか、とレンは思った。
「リン、観用少女はどうなるんだっ」
自分の雇用のことより、一番気になることをレンは聞いた。
「売却の案も出ましたが、ひとまずは保留です」
男の言葉にレンは心底安心した。
「それなら、まだ屋上にいるんだろ?お別れの挨拶してきていいかな?」
男はもちろん、と言いその後小さな声でこんなことになってしまいすみませんでした、と謝った。
レンが屋上庭園へ行くとリンが走ってきてレンにぎゅうっと抱きついた。
いつもより30分ほど遅い登場に待ちくだびれてしまったのだろう。
「遅くなってごめんな」
レンが謝ると、リンは服を掴んだままレンに微笑んでみせた。
レンの心がズキッと痛む。
「言わなきゃいけないことがあるんだ。リン、今日でお別れだよ」
リンは最初きょとんとしていたが、言葉を理解したのか見る見る顔が曇る。
「会社の経営大変みたでさ、お前もこれから高級なミルク飲めなく、、、」
途中で言葉を止めた。リンの青い瞳に涙が溜まっている。
別れはリンに心配掛けさせないように明るく、エレベーターの中でそう決めたレンだったが、リンのその表情を見て堰を切ったように言葉が溢れ出した。
「ごめんな、俺がどうにかできる問題じゃないんだ。
本当はもっと一緒にいたいんだ。リンの笑顔ずっと見ていたいんだ」
だから笑って―――。
そう言う前にリンの瞳から雫がぽたりと零れた。
そしてその涙は、この屋上から見える、至高の青を封じ込めた、きれいなきれいな宝石へと変わった。
後から続く涙も次々と宝石になりそれを受け止めていたレンの手は一杯になった。
「あんまり泣くなって、涙枯れちゃうぞ」
レンが優しくリンの目を拭う。
「ああ、でも、これすごくキレイ。リンの瞳と同じ色だ」
不思議な宝石となったリンの涙を眺めながらポツリとレンは言った。
「・・・お別れはお済ですか?」
頃合をみて屋上にきた男がレンに近寄る。
「すみません、お手数お掛けしてしまって」
最後のリンの頭をひと撫でしてレンは立ち上がった。
「その手にあるものは・・・?」
「これですか?リンの涙です」
レンが手にある宝石を男に見せると、男の表情が見たこともないくらい崩れ驚きながら、
それが『天国の涙』と呼ばれ深い愛情を注がれた観用少女からしか採れない奇蹟の宝石であること、
そしてその値段が観用少女本体より高価であることを教えてくれた。
レンはその話を聞き終えると、自分の手の平にある涙をぎゅっと大事そうに握り締めた。
「本当によろしかったのですか?」
「何がです?」
あれから数日後。
場所は屋上庭園。そこは以前と変わらず花が咲き乱れていた。
そこでレンと青い髪の男が話している。傍にはリンもいる。
「『天国の涙』の件ですよ」
「ああ、もちろんです。あれは俺一人のものじゃないから」
結局レンは、リンの涙を全部売り手に入ったお金を全て会社に寄付した。
そしてその大金のお陰でこのビルはまた元の経営者の手に帰ってきた。
「俺はリンにミルクをあげることができればいいし、
それにあの涙はあんたとあんたの奥さんの愛情も注がれてるからね」
レンはそう言ってしゃがみ込んでリンに微笑む。
リンもとても幸せそうににっこりと微笑んだ。
天上からは優しくあたたかな光が庭園を包み、
空は雲ひとつなく、至高の青が悠々と広がっていた―――。