メロウpart2
気掛かりなことを調べるためにカイトは街の中央にある図書館へ出向いた。
そしてそこで5年前の新聞を片っ端から調べた。
「あった・・・!」
どれくらい時間が経っただろうか、カイトの探していた記事が見つかった。
リンの家が放火に遭った事件が新聞の端に小さく載っている。
しかしそこには観用少女が盗まれたことは一切記述されていなかった。
その代わり、記事には鏡音リンが火事で亡くなったことが書いてあった―――。
カイトの中で糸が繋がる。
そして確信を得るためにリンを観用少女の店へと呼び出した。
「「あの子」が見つかったんですか?」
リンが店に来たときには既に夜の帳が下りていた。
期待を込めた瞳でリンはカイトと店主を交互に見る。
「早く、早く「あの子」に会わせてください!」
「・・・・・・間違いございませんね」
「やはりそうですか」
店主にリンを合わせ、得られた結果はカイトの予想通りのものだった。
「弟に早く「あの子」を会わせてあげたいんです・・・!」
焦り急かすリンにカイトは心を決めて告げた。
「「あの子」はあなたですよ」
「・・・・・・・・・えっ?」
「調べたら鏡音リンはもうこの世にはいないのです」
「そんな!?そんなはずないわ!私が鏡音リンですもの!!」
不穏な空気が流れ、リンの表情が険しくなった。
それでもカイトは続ける。
「火事の記憶はありますか・・・?」
「えっ、、、」
リンは考え込む。必死に記憶を辿っているようだった。
その顔は苦痛に歪み眉をひそめ、瞳は不安の色が写る。
「思い出せないはずです。あなたは火事の後に買われたのですから。」
淡々と追い討ちをかけるようにカイトは証拠となる納品届けを取り出す。
「火事でリンさんを亡くしたレンさんが、リンさんにそっくりなあなたを買った。
―――違いますか?」
「ううっ、、、!」
リンの表情がますます苦痛に歪む。
「思い出せない、思い出せない・・・!
私が、私があの子・・・?それじゃあ私は一体何なの・・・?」
「無理をなさらないで」
苦しみ続けるリンに諭すように店主が告げる。
「あなたが少女だろうとリンだろうと愛されていた―――違いませんか?」
リンがハッとした表情で店主の顔を見る。
「さあ、あなたには行くべき所があるはずです。きっとあなたのことを待っていますよ」
店主がそう言うとリンは頷き急いで店から出て行ってしまった。
カイトが追いかけようとしたが店主に制され、闇に消えていくその後ろ姿を見送ることしかできなかった。
明け方リンが辿り着いた場所は病院の一室だった。
末期に近い人しか入院することのできないこの病室は、壁は白く綺麗でそれが逆に痛々しく思えた。
リンはベッドの横の椅子に腰掛け様々な管に繋がれて横たわる人物を見つめる。
「・・・・・・レン」
そっとその名を呼ぶ。
するとレンがゆっくりと目を開けリンのほうを見た。
「その様子は気づいちゃったね。」
開口一番の言葉にリンがこくんと頷く。
「私はリンじゃないのね」
「・・・・・・・うん。」
ガタッと音を立ててリンがベッドの傍らにうずくまる。
その髪をレンが震える手つきでそっと撫で上げた。
「君が君を探しに行くと言ったとき、こうなることが分かっていたのに止められない自分がいた」
静かな病室にレンの声が響く。
「ごめんね、君をリンの代わりにして」
リンが頭を横に振る。
「レンが、ありもしない私とあの子の思い出を話している時が幸せだったの。
こうやって髪を撫でてくれるのも好き。レンの温かい手触れる度に満たされた気持ちになるの。」
そう言って髪に触れているレンの手を自分の頬に持ってくる。
「だから私は今すごく幸せなの。」
そのまま数分が流れた。
レンの目に写る姿に自分の世界はここだけだと確信する。
もういっそこのまま時が止まってしまえばいいとさえ思っていた。
「ねえ、カーテン開けてもらってもいい?」
不意にレンが声を掛ける。
「・・・・・・うん」
名残惜しそうにレンの手を離しリンは窓に近寄るとさっと一気にカーテンを引いた。
すると部屋いっぱいに暁の光が舞い込む。
「僕はこの光の中で見る君が一番好きだよ」
レンが言うとおり、朝日を受けてリンの金の髪はなお一層濃い金色に染まり、肌は内側から輝いているように見える。
そしてその光の中でも色を失わない瞳の青がより一層映えた。
突如レンの容態が急変した。
「レン、レンっ!?」
慌てて駆け寄るリンにレンは荒い呼吸を諫めながら言う。
「ごめんね、もうダメみたいだ・・・」
「いや、いや!逝かないで・・・・・お願い、だから・・・」
ベッドに伏しながらリンは懇願する。
レンがくれた世界なのだ。レンが与えてくれたくれた名前なのだ。
それが例え偽りの存在だとしても、レンが愛してくれたから自分はここにいる。
「最後に伝えたいことがあるんだ・・・」
苦しそうなままレンが言葉を紡ぎ、最後の力を振り絞るかのようにゆっくりとリンに手を伸ばす。
頬に触れた手はとても暖かく、リンは離すまいとぎゅっと掴んだ
「レ、ン・・・?」
「君は、いや、、、君がリンだよ」
微笑みながらその言葉を言うとレンは静かに目を閉じた。
力が抜け僅かずつだけど熱を失っていく手の平。
「私がリン・・・?」
自分がリンの代わりであることに気づいてから、心の中を曇らせていたこと。
「私はリンだった・・・」
虚像から実像へ世界が緩やかに再構築されていく。
それがどれだけ嬉しいことか。
始まりも終わりも私の世界にはあなたしかいなかった。
あなただけが私の全てだった。
リンの青い瞳から涙が幾筋も零れる。
零れ落ちる涙は後から後から宝石へと化していく。
その色は窓から見える鮮やかな黎明と同じ色していた―――。
雨季が明け、この街も少しづつ夏の気配を帯びてきた。
観用少女の店の店主に呼び出されて、カイトは今店にいる。
そこでレンが死に、その後を追うようにリンも枯れたことを店主から聞かされた。
「僕は余計なことをしたかな?」
あの日以来カイトの心に重くのしかかっていたことを店主に聞く。
「もし、あなたが言わなければあの子はリンとして生きていけたかもしれません」
言いながら店主はカイトに何かが入った小さく綺麗な巾着を渡す。
「でもそのままでしたら、自分が愛されていたことに気づかずに枯れていたかもしれません。
何が正しいかったなんて一概には言えないのですよ」
カイトが渡された巾着を開けると中から綺麗な宝石が一つ出てきた。
「天国の涙と言って最高に愛された少女からしか摂れないものです」
「どうして僕に・・・?」
「あなたがリンをあの子であると気づかせてくれたから。リンのままだったら摂れないものです。」
「・・・・・・そう」
手の平に転がる宝石はとても綺麗な橙色をしていて、
同時にあの子の髪の色を思い出し、それを見る度カイトは複雑な気持ちになった―――。