メロウpart1
空気中に含まれた水分量からもうすぐ雨季が終わりこの街に夏がやってくるのがわかる。
カイトはビルの一角で祖父から受け継いだ探偵事務所を細々と営んでいた。
人口の多いこの街では浮気調査や、迷子のペット探し、また祖父のコネによってやってくる依頼など、選り好みをしなければ食っていくのに困ることはなかった。
まあ体の良い何でも屋なのだが、カイトはこの仕事が性に合ってるらしく気に入ってはいた。
その日もいつもと変わらずカイトは来るか来ないか分からない客を待ちながらテレビを見ていた。
天気予報では今週中には梅雨が明けることをキャスターが淡々とした口調で告げている。
その時、控えめに扉をノックする音がした。
パチンとテレビの電源を切り、どうぞと声をかけるとギィっと軋んだ音がした後扉が開くと、
齢14歳くらいのとても美しい女の子が恐る恐る入ってきた。
「この探偵事務所では人探しをしてますか・・・?」
女の子が首を傾げるとサラリと金糸のような髪が肩の辺りで揺れた。
「ええ、やってますよ」
カイトは微笑ながら少女を席へと促し、自身も小さなテーブルを挟んで向かい側に座る。
「失礼ですが、お名前をお聞きしても?」
「あっ、申し送れました・・・、私鏡音リンといいます」
「ではリンさん 早速お尋ねしますが、探し人は一体どのような、、、」
「実は、」
カイトが全てを言う前にリンが口を挟む。
「実は人ではなく、探して欲しいのは観用少女なのです」
「プランツドール・・・?」
「はい」
ダメですか、とリンは心配そうに首を傾けた。
その物憂げな青い瞳が揺れる。
「いえ、大丈夫ですよ。観用少女の尋ね人は初めてだったので驚いただけです」
カイトの答えにリンはほっと胸を撫で下ろしていた。
その様子からこの事務所に来るまでにもう何度も断られたのが窺える。
「よかった・・・!ここが最後の綱だったんです」
コーヒーを淹れるためにカイトは立ち上がる。
「差し支えのない範囲で構いませんので、観用少女がいなくなった経緯を押教えていただいても?」
そう言いながらカップに注いだコーヒーをリンに差し出し、自分の分を一口啜る。
ありがとうございます、と小声でリンはお礼を言ってカップを受け取ったが、飲まずにテーブルに置き改めてカイトの目を見据えた。
「5年前、家が強盗にあったのです。」
リンの説明によると5年前の強盗で犯人は家に放火をし、そのどさくさに紛れて金目のモノと一緒に弟が可愛がっていた観用少女を連れ去ってしまった。
中古でも法外な値段のする観用少女だから、売ればいい金づるになると思ったのだろう。
結局犯人は捕まったものの、その時には既に闇ルートで観用少女は売却済み、お金が返ってきたのだからそれでいいだろう、とそれ以上警察も取り合ってくれなかったそうだ。
「双子の弟が病に侵されてもう長くないのです・・・。だからできるのなら最後に「あの子」に会わせてあげたい
弟が可愛がっていた「あの子」に・・・」
言い終えるとリンはふっと視線を伏せた。
長い睫毛に縁取られた青い瞳が翳る。
「そんな顔しないでください・・・。
僕が必ずその子を見つけだしてみせますから」
カイトがそう言うとリンの表情が少し明るくなり、これ「あの子」の唯一の写真です、と自分がつけていたロケットペンダントをカイトに渡した。
開けてみると火事のせいだろうが少し煤けた写真が中には入っていた。
「・・・・その子はあなたにそっくりだったんですね・・・!」
写真の中の少女はリンを少し幼くしただけで、ほとんど瓜二つと言ってもよかった。
「ええ、私とそっくりだったので買ったのです。よく少女と一緒に弟をからかっていました」
昔のことを思い出しているのだろう、リンの瞳は輝いていて、先程よりずっとリンが美しく見えた。
そのリンの様子は不思議とカイトにやる気をもたらした。
他にも気になることを2,3聞いた後、
それではお願いします、とだけ言ってリンは事務所から出て行った。
テーブルの上にはリンが一口も飲まなかったコーヒーがすっかり冷めた状態で佇んでいた―――。
依頼を受けた次の日、早速カイトはこの街で唯一観用少女を扱っている店に出向いた。
事情を話すと紫の髪をした店主は快く店内へ導いてくれた。
店内は香が立ち込めており、様々な観用少女がまるで自分だけの王子様を待っているように眠っている。
カイトはその一つに近寄りそっとその柔らかい髪に触れてみる。
当然だが目を覚ますことはない。
その時店の奥から店主が納品届けと転売届けを持って戻ってきた。
慌ててカイトは手を引っ込めると店主はその様子を見てくすりと笑った。
用紙を受け取ると、カイトは早速それらをくまなく調べ始める。
観用少女が買われた詳しい日付を知るためと、転売届けのほうは非合法だろうから記録に残っていない可能性が高いが念のためだ。
先に転売届けに目を通したカイトだったが、やはり探している少女の記録はない。
「少女に必要なものの経由で心当たりとかないですか?」
「と申されましても・・・環境によっては普通のミルクでも育ちますし、
お客様が探されてる少女は既に枯れてしまってるかもしれません・・・」
困った顔で店主が言う。
「そっか・・・まあそんな簡単な話じゃなさそうだしなぁ」
カイトは店主に淹れてもらったお茶を飲みながら次に納品届けのに目を向ける。
「これがその少女が買われたときの記録なんですよね?」
「ハイ。そうでございます。」
「これ、買った人の名義・・・鏡音レンってことは例の双子の弟か」
用紙を見ながらカイトは呟く。
パッと見不自然なところはないその記録だったが、
「あれっ・・・?」
「どうかなさいました?」
「えっ、いや確か少女が盗まれたのが5年前って言ってたから、、、」
用紙に書かれているのは4年前の日付。
火事より後に買われたことになっている。
リンが年数を間違えたのだろうか。さすがにその可能性は低い気がした。
カイトは引っかかるものを感じ記録のコピーを貰って店を後にした。