ポケットの融解点

「それじゃあ行ってくるね!」
そう言って元気良く家を飛び出したリンに続きオレも玄関の戸を開け外に出る。
メイコ姉のよろしくねー、という声が後ろから微かに聞こえた。

夏だったらまだまだ明るい時刻なのに、冬の今は既に太陽が傾きかけ辺りは橙色に染まり、さしずめ黄昏時と言ったところだろうか。
さっきまでいた室内と違い、空気も冷えていて吐く息が白く、心なしか肌も緊張してる気がする。

「レーンっ!はやーく」

前を歩いていたリンがくるりと振り向き手を振るのが見えた。
冷たい空気を肺一杯に吸い込んだあと、おう!と声を出してオレは駆け出した。


「メモ見せて」
追いついたオレと肩を並べて歩きながら、リン手の中にあるメモ用紙をのぞき込む。
そこにはメイコ姉に頼まれた今日の夕飯の食材が書かれている。

「お肉と、白菜と、しらたきと、お豆腐と・・・夕飯はお鍋だね!」
「今夜は冷えそうだもんなー、何鍋だろ?」
「すき焼きだといいなぁ、あっミク姉の好きなネギは二本だって」

そんな風にとりとめのない会話を繰り返しながら近所のスーパーへの道を歩く。
ふと、時折リンが口元に手を持っていき、コートの袖からちらっと出ている指にハァと息を吹きかけているのが気になった。

「リン、手袋は?」
「あ、、、えー・・・」

指摘されて口ごもったリンは苦笑しながら小さな声で、失くしちゃった・・・と言った。

「どこいっちゃったんだろう、気に入ってたんだけどなぁ」
リンはまたハァと息を吹きかけ、指先をこすり合わせる。
でも冷え切った冬の寒空の下、あんまり効果はないみたいで普段より赤味の増しているその手は痛いくらい冷たそうに見えて仕方がない。

「ホラ」
「え・・・?」
「右側だけだけど」
半ば強引に自分の手袋をリンに渡す。

「いいの?」
「ああ」
「・・・・・・ありがとっ」
リンは微笑みながら手袋を受け取ると早速自分の右手に嵌める。

「あったかい・・・でもこの手袋、私の手でも少し小さいよ。レンにはもっと窮屈なんじゃない?」
「確かに小さいかも。ずっと前から使ってるし。」
「やっぱり!新しいの買いなよー」
「失くしたままにしてるリン言われたくないね」

手袋の大きさなんて関係ない。

そんなことより、

会話が一瞬途切れる。

今だ―――。


右手をのばしリンの左手を掴むと、そのまま自分のジャケットのポケットに押し込んだ。

リンの瞳が大きく見開かれる。

「こうすればどっちの手も寒くない、だろ?」
「・・・・・・うん」

コクンと頷いたリンの頬が赤いのは寒さのせいだけではない気がした。

「レンの手、あったかい・・・」
そう言ってリンは手に力を込めた。

オレもそれに応えるように一回り小さな手を握りしめる。
狭いポケットの中で繋がれた手。
体温が伝わり、溶け、混ざり、同じ温度になっていく。

その温もりがただただ愛おしく、この手を離したくないと心から思った。