りんごうさぎ

リンが熱を出した。

いつも五月蝿いくらいに元気で騒がしくて、何かある度にオレに引っ付いてきて。
正直ちょっと鬱陶しいなって思うときもあるのに。
リンのぐったりしながら寝ている姿を見ると早く元気になっていつもみたいにキャーキャー騒いでろよ、なんて思ってしまう。しおらしいリンは調子が狂って仕方ない。

汗で張り付いた前髪をそっとどかして額に手を当ててリンの熱を確かめると、普段より高い熱が手の平に伝わってくる。赤い頬と少し荒い呼吸、乾いた唇からもまだ熱が引いてないことが判る。
お昼ごろパタリと倒れたかと思うと、かれこれ10時間近く眠っている。
その間オレもずっと傍にいたわけじゃないけど、少なくともオレが見ている間は一度も起きていない。

ベッドに肘をついて同じ高さからリンの寝顔を見る。
時折睫毛がピクリと動くので、もしかしたら夢でも見ているのかもしれない。

風邪を引いたときって何が身体に良いんだろう。
ふとそんなことを考える。
スポーツドリンク?
水分は大切だろうな。
みかん?
ビタミンCが摂れるし、リンの好きなものだ。

あとは、、、

そういえば、リンゴが沢山あったはずだ。
カイト兄がこの間箱で買ってきて、メイコ姉に叱られていたことを思い出す。
リンゴなら剥いておけば、夜リンが目を覚ましたときに食べやすいかもしれない。

それとリンは覚えてないかもしれないけど、

リンゴではちょっと後悔してることがあるから・・・。


「ねーねーレン見て、うさぎっ」
「・・・下手くそ」
「なっ、初めてにしては上出来じゃないっ?」

レンが呆れた顔をしてうさぎの形をしてお皿に乗っているリンゴを一つ一つ指摘する。

「これは耳の大きさバラバラだし、こっちは途中で切れてるし、」
「もうっ初めてだって言ったでしょ!レンのイヂワルっ!!」
「ほんとのこと言っただけじゃん」

折角の努力の証を無下にされてついムッとなってしまう。

「まっ味に変わりはないし、一つちょうだい」
散々ダメだししておきながら、そんな調子のいいこと言うもんだから

「だめ!あげないんだから」
ヒョイッとレンの手をかわして、たった今部屋に入ってきたカイト兄にりんごうさぎを持って駆けて行く。
カイト兄ならあたしの欲してる言葉をきっとくれるだろう―――。


白熱灯でオレンジ色にぼんやりと照らされている天井が視界に広がる。

夢、か・・・―――。
ぼーっとする頭の中で考える。

夢は記憶を整理するために見るって言うけど、よりによってあの出来事を夢みるなんて。
確かあの後カイト兄には褒めてもらったんだよなー。
夢の続きを反芻するように過去の出来事を思い出す。

確かにあのうさぎは不細工だったけど、メイコ姉に一所懸命教わったのだ。
あの後結構悔しくて練習したから、今ではなかなか可愛いうさぎができるようになった。

向かいのベッドで寝ているレンを見る。

でもね、本当はあの時レンに褒めてもらいたかったんだよ・・・?
きっともうレンは忘れちゃっただろうけど・・・。

するりとベッドから抜け出して立ち上がる。
少しクラクラするけど、きっと寝すぎたせいだ。
身体のほうは熱が下がりすっきりしている。

時計を見ると自分が半日以上寝ていることに気づく。
薬のせいもあって眠りと覚醒の間を行ったり来たりしていた気がする。
おぼろげだけど、レンが傍にいてくれたこともなんとなく覚えている。

レンが自分のことを心配してくれていた。
その事実がなんとなく嬉しかった。

喉がひどく渇きヒリヒリしてるから水差しから水を飲もうと思って、二人の共有のテーブルに近付く。
すると普段何も置いてないそこに水差しともう一つ何かが乗っていた。

それは、リンゴが入ったお皿だった。

そしてそのリンゴのどれもが不恰好なうさぎの姿をしている。
お皿の下にメモがあることに気づく。
レンの字で、

「結構難しかった。ごめん」

と書いてあった。
自然と頬が緩むのが自分でもわかった。

りんごうさぎを一つ摘まんで齧る。
カシュっと小さな音が薄暗い部屋の中で響いた。
しゃりしゃりと噛み砕いて飲み込むと、程よい酸味と爽やかな甘味が渇いた喉に染みる。

明日レンが起きたら言ってやるんだ。

下手くそって。

それから、ありがとうって―――。