白雪姫の恋路

「クオっ!」

呼びかけると寒空の下で少し赤味を増した顔がパッとこちらを向いた。

「お待たせ、寒かったでしょ?」
「ううん、僕も今来たところだから。さっ帰ろうか」

最近クオは私の仕事が終わる時間を見計らって迎えに来て、そして家の近くまで送ってくれる。
最初申し訳ないと断ったけど、暗くなるのも早くなってきて危険だし、何より好きでやってることだから、とやんわりとその申し出は却下された。
だから私は渋々、というか結構嬉々としてお言葉に甘えてしまっているのだった。

「あっそうだ、これおすそわけ」
「うん、なに?・・・・・・・・あっリンゴだ」
「お兄ちゃんが箱でたくさん買ってきたから、甘くておいしいよ」
「リンゴ好きだけど、一人暮らしだと果物高くてなかなか買えないから・・・すごく嬉しい」

ガサゴソと紙袋からリンゴを取り出しクオは喜ぶ。
その笑顔を見て、私自身も嬉しくなる。

「今、一個食べてもいい?」
「・・・丸ごとのまま?」
「うん、そう。意外といけるよ」

そう言ってクオは勢いよくリンゴに噛り付く。
赤い表面に一口分の果肉の白が映える。

「ミクも食べる?」
「うん!・・・・・ふふふっ」
「どうしたの?」
「何だか毒見してあるみたい」

両手で受け取ったリンゴ見て率直に思った。まるで白雪姫の毒リンゴだ。
でも、このリンゴなら大丈夫。

だってクオは私に毒なんて盛らない。

齧られた部分のすぐとなりに同じように噛り付く。
シャクッと景気のよい音を立ててリンゴに小さな穴が増える。
リンゴの爽やかな甘味が口中に広がる。

「うん、おいしっ―――」

全てを言い終わる前に唇が重なる。
初めてのそれは目を閉じる余裕もなく一瞬で終わった。

掠め取るような、触れるだけの優しい口付け。
手からリンゴがするりと落ちてゴトッと鈍い音がした。

「ミク、ミクっ!?ごめんね、イヤだったよね―――?」
「な、んで・・・」
「・・・・・・・えっ?」

泣きそうになって顔を手で覆う。

クオのことは好き。
でもこの気持ちは自分だけの気持ちだと思ってた。

「違う、すごく、嬉しい、、、の、私だけが、クオのこと好きだと思ってたから」

初めて会ったときから惹かれていて、会える度に心が弾んで、名前を呼んでもらえると心が満たされて、
手を繋ぐだけだって緊張して精一杯、でも、それで十分幸せだった。

だってそれ以上望んでしまったら失くしてしまいそうだったから。

「・・・・・・・・・・やっぱり気づいてなかったかぁ」
「・・・・・・・?」

「僕は初めて会ったときから君のことが好きだったよ。結構アプローチしてたつもりだったんだけどなぁ」

そう言ってクオは泣いてる私をなだめるように優しく抱き寄せた。
泣き腫らした目でクオを見上げると、苦笑気味のクオの顔が近くにあった。

「それじゃ、今更だけど、改めて、僕と付き合ってくれますか―――?」

彼の腕の中で小さくコクンと頷くと、返事の変わりに腕に更に強く抱きしめられた。

痛いよ、
そう言うと
ごめんね、
と言わずに
さっきより長めのキスが落ちてきた。

きっとあのリンゴに詰まっているのは毒ではなくて――――――愛。