透明人間

何にも触れないし、誰にも気づかれない。
ただ君だけが僕のことを知っていて、
僕のことを見ていてくれればそれで満足なんだ。

透明人間



「ねえねえ、レン、今日はね・・・」

リンはいつも真っ先にその日あった嬉しいことや驚いたこと、
楽しかったことを僕に報告してくれる。

「それでね、新しい楽譜もらったから、レンも一緒に歌おう!」

そう言って差し出された楽譜を僕は受け取ることはできない。
僕は透明人間だから誰にも触られないし、何も触ることができないのだ。
リンはすぐそのことに気が付いて慌てて床に楽譜を置く。

「・・・これなら見える??」

僕が大きくうなずくとリンは安心してニッコリと笑った。

新しい楽譜を見ながら音を合わせていく。
一緒に歌うのは気持ちいい。
リンの声は伸びやかで力強くて、それでいて女の子らしいかわいさもある。

「やっぱりレンの声は素敵だね!透き通っててきれいに響く」

リンはいつも僕の声をほめるけど、それはリンの歌声があってこそだと思う。
めったにないけど、二人の声が上手く重なるときなんかは鳥肌が立つくらいだ。

「レンの歌声、みんなも聞ければいいのに・・・。」

ちょっと残念そうにリンは微笑んだが、それはムリなこと。
僕は透明人間だから。
リン以外の人には声も聞こえないし、姿も見えないし、
触れられることも、触れることもできない。


それは例えリンであっても。



僕はリンが来るこの部屋から出ることはない。
扉は簡単にすり抜けられるから、出ようと思えば出れるんだけど。
それでも一度だけこの部屋を出たことがある。
そのことはリンには話していないし、話す気もない。
ただちょっと外の世界でリンはどんな感じなのかが気になっただけなのだ。

一歩外に出るとそこはあの小さな部屋とは違って、とても広くて沢山の人がいた。
でも道行く人、誰一人として自分の正体に気づかないのは、
わかってはいたことだけど虚しくなった。

リンといるあの狭い部屋よりも広いこの外の世界は色が無く、とても静かに感じた。

結局すぐに部屋に戻った。
リンは見つけられなかったし、人の多さに酔った。
それ以来外に出たことはなかった。
そしてリンが生きている世界があの世界だと思うと、
羨ましさと寂しさが残った。


自分が決して交わることのできないあの世界。