透明人間・彩

誰にも見えないというのはときどきとても寂しい。
誰にも触れないというのはときどきとても苦しい。
大切な人が泣いたり、落ち込んでいたりしても、
自分では何もできない悲しみ。



最近リンはやたらと僕と一緒に歌いたがる。
僕の歌はリンにしか聞こえないけど、リンの歌は他の人にも聞こえる。
僕とばかり歌っていたらもったいない。もっと色んな人と歌うべきなのだ。
そのことをリンに告げると、リンの顏はたちまち険しくなる。

「レンは、私と歌うのは楽しくない・・・?」

そういう意味ではないと言ってもリンは聞かない。

「私はレンと歌うのが好きだよ。」

リンの目にはみるみる涙が溜まっていく。
しかしリンは零すまいと必死にこらえていた。

「レンだけがいればいいもん。」

ポツリとリンが言葉を漏らす。

「レン、だけが、いれば、、いいんだもん、、」

どうしたのか、何かツライことがあったのか、と聞いてみてもリンは首を振るだけだった。
涙はついに零れてリンの頬を濡らす。

思わずその涙を拭おうとしたが、手は虚しく空を掴んだ。


触れたい。


こんなに近くにいるのに。


世界中の誰より大切なリンが泣いているのに。


涙を拭うことも、抱きしめてあげることもできないなんて。
誰にでもできる簡単なことなのに。


どうして僕だけ――――・・・。


涙がこぼれて床に散らばった。
だけど、この涙だって実際に床を濡らすことはない。
そう思ってたとき、


「冷たい・・・。」


リンの声が聞こえた。
顏を上げると、リンが僕の涙が零れた床に手を伸ばしていた。


「レン・・・・・・っ?」

リンがゆっくりと僕に手を伸ばす。
その手は確かに僕に触れた。

「レン・・・!!」

今度はぎゅっと僕に抱きついた。
体と体は透けることなく互いを受け止めあった。
僕もおそるおそる、リンに触れる。
指先に温かな感触。
僕はその時初めて自分が透明人間じゃなくなっていることに気づいた。


「リ、ンっ・・・――!!」


自分の声が大気を震わせてリンの耳に届くのがわかった。

リンの名前が僕がこの世界に初めて発した言葉だった。

自分の存在が確かなものにかわってゆき、世界が鮮やかに変わっていくのを感じた。


もう恐れるものは何もない―――。