「ねえ、空、見に行こうよ」
「この寒い中?」
「冬だもん。寒いのは当たり前じゃん」
いつものことだがリンの唐突な思いつきにオレは当然渋い顔をする。
オレの答えを待たずにリンはクローゼットからコートとマフラーを取り出すと、着々と外に出る準備を始めていく。
「本当に行くの?」
「うん。今夜は晴れてて月がきれいだよ。レンが行かないならあたし一人で行くし」
「・・・・・・ちょっと待って。今仕度すっから」
そして、これもまたいつものことだが、こうなると折れるのは結局オレのほうなのだった。
こうして厚手のコートを纏いマフラーと手袋というスタイルで、二人は真夜中の寒空の下に飛び出したのだった。
ピンと張り詰めた空気はとても冷たく、今夜は一段と冷え込みが厳しいのが外気に晒されたむき出しの耳から伝わる。
だけど、ある程度の防寒対策をしてきたからか、冬の夜は想像よりもずっと優しく二人を迎え入れてくれたのが、オレには意外に感じられた。
このまま、重く澄んだ闇夜に同化してどこまでも歩いていけそうな不思議な感覚に陥る。
「どこに行く?近くの公園でいい?」
オレの前を歩いていたリンがマフラーをふわり、と翻しながら聞いてきた。
「うーん、折角だからもう少し遠出しない?」
そう折角だから、というのは半分くらいは言い訳で、このクセになりそうな感覚を少しでも長く味わっていたくなったからそう答えると、リンはきょとんとした後、ころころと可笑しそうに笑い出した。
「な、なんだよ・・・!」
「ほら、ね?夜の散歩も悪くないでしょ」
得意気なリンに反抗したかったが、リンの言う通りだったためオレは認めたくないと思いつつも、まあね、と頷かざるを得なかった。
「ねえねえ、レン!手、繋ごっ!」
「あーハイハイ」
見透かされた気持ちを隠すようにわざと雑に応え、伸ばされたリンの手に自分の手を重ねると、冬の空気を吸い込む。
そしてリンのゆったりとした歩調に合わせるように、静まった夜の街を歩き出したのだった。
手は繋いでいるけどお互い口はほとんど聞かずに、大通りの歩道を黙々と歩いた。
たまにすごい速さで車が傍を駆け抜けるだけで、他に歩いている人は見当たらない。まさに街が眠るという表現がぴったりだろう。
空を見上げれば紺色のカーテンに散りばめられた星屑は儚く瞬き、ぼんやりと光る月が二人並んだ陰を形作る。
反対側の歩道へ行くため道路をまたぐ歩道橋を渡っているときだった。
不意にリンが歩みを止める。
まだ中盤に差しかかったところだというのに。
「どうしたの、リン?」
「いや、なんか、こっから見る景色がきれいだな、って」
言われてリンと同じ角度に視線を上げてみれば、ポッカリと夜空に浮かぶ月が、長く真っ直ぐな鉛色の道路と寝静まった街並みをしっとりと銀色に照らしていた。
「お月さま掴めそう」
そう言ってリンは、ほんのわずかだけど距離が近付いた空にすっと手を伸ばし、人差し指と親指でまるでビー玉をつまむように月に手をはめてみせた。
ああ、確かにつまんでいるみたいだ、そう思ったとき、
「レン手、出して」
「うん?」
リンの意図がわからないまま、言われた通りに手を差し出すと、
「はい、あげる」
と、月をつまんでいた指を手の平にそっと乗せてきた。
そのリンの動作はひどく丁寧で、月明かりの下のせいもあってか、まるで神聖な儀式のように見えた。
まあ、もちろん月は掴めるものではないから手の平の上には何もない。
だけど、
オレは何かとても大切で愛しいものを受け取った気がした。
「ありがとう」
そう言ってぎゅっと手を握りしめる。
どういたしまして、とリンの笑顔が胸の奥に優しく染み込んでいく。
「レン、好きだよ」
数秒の沈黙の後、あまりにもさらりとリンが呟いた。
「えっ?」
「ううん、なんでもない」
オレがわざと聞こえないフリをすると、リンはゆっくりと首を横に振った。
月光を受けた金髪が肩のあたりできらきらと揺れる。
「歩いてないと寒いね」
「あったかい飲み物でも買ってこようか」
「ココアかミルクティーがいいな」
きっちりと注文をつけてきたリンに適当にハイハイと言って手を振りながら背を向ける。
歩き出した背中に、さっきからないがしろにしないで!という言葉が当たって弾けた。
大丈夫、大丈夫。
君の声はちゃんと聞こえています。
さっきの言葉も含めて―――リンから見えていないところで、自然と笑みがこぼれた。
コツコツコツと若干急ぎ足で歩道橋を駆け上る。その度にポケットの中で眠る缶が小気味よい音を立てて、中の液体が揺れるのがわかった。
ふうっと白い息を吐いて最後の一段に足をかけたとき、目の中に淡く白く発光する月が飛び込んでくる。
先程の自販機の人口的な鋭い光と違い、とても柔らかい光だ。
その場に立ち止まり、しばらくぼんやりと月を眺めてしまう。
「・・・・・・そんなとこでなにボーっとしてるのよ」
「――えっあ、リン?」
「遅いから心配したよ」
覗き込んできたリンに悪い、と謝りながらポケットから二つ缶を取り出す。
「どっちがいい?」
差し出されたココアとミルクティーに、リンは唇に指を当ててうーん、と悩む。
「レンが先に選んでいいよ」
「オレは残ったほうでいい」
「えー、じゃあ・・・うーん、ココアかな」
ホラ、と渡せばリンは受け取った缶を頬にこすりつけて、あったかい、とその温もりを堪能している。オレは早速ミルクティーを開けて口をつける。
不自然に甘くて薄いミルクティーがゆっくりと喉を滑る。その甘さと温かさが寒さの中ではなぜかとても美味しい。
「・・・・・・・・・飲む?」
「うんっ!」
こちらを見つめる視線を感じて聞いてみれば、元気よくリンが頷く。
「こっち飲んでいいよ」
渡されたココアとミルクティーの缶を交換して、一口ココアを飲む。
ああ、間接キスだなーなんて、何を今更なことが頭の片隅を過ぎる。同じくらい薄くて甘ったるい味に脳内が毒されたのかもしれない。
元いた場所に戻ったオレたちはまた夜空を見始める。
空になった缶を柵の上に置くと、その音がゆるりと闇に消えた。
柵にもたれ掛った姿勢でさり気なくリンを見る。オレの視線に気付いてないリンは月を見上げたままだ。手にはまだココアの缶がある。きっともう冷めてしまっているだろう。
リンを見つめながら、視線に気付いてくれることに期待しつつも、気付かなくてもいいかもと思っている自分がいた。
月に照らされたリンはとても綺麗で。その表情、仕草、存在全てが愛おしくて。
「・・・・・・月が綺麗ですね」
しばらくの空白を破って小さな言葉を呟けば、ん?とリンがこちらを振り向きまた月に視線を戻して、そうだね、と小さな言葉を吐いた。
やっぱり知らないか・・・。この言葉に含まれている想いを。
オレは聞こえるように大きくため息を吐いた。
「な、なによー!」
「なんでもない、なんでもない」
クスクスと笑っていると隣から不満の声が上がってくる。
「リンには遠まわしな言い方じゃ伝わらないなって」
「えー!それどういう意味!?」
ふて腐れるリンの頭をなだめるようにぐしゃぐしゃと撫でる。
そんなんで機嫌直さないんだから、と言いつつ決して嫌そうな顔はしない君。
ますます愛おしさが込み上げてくる。
(オレもリンのこと好きだよ)
心の中でそっと真の意味を伝える。
だけど、リンには教えない。
いつかあの言葉に隠された真の意味に気付いたときに頬でも赤らめてくれたら、と淡い希望を持つ。
それに今は君の隣にいられるなら、言葉なんて必要ないんだ。
だって君への想いはいつだって真実だから。
近くて遠い月が二人を優しく包み込む―――。
戻る / 以下反転であとがき / 2009.03.20 ... UP
1、すんPの冬の音 聞こえないフリとかはモロです。
2、チルの君が好き ジャケットと歩道橋、缶コーヒー(ココアとミルクティーだけど)なんかを。
この歌はサビ以外の歌詞が好きです。あと、PVがまたいい!世界観がね!あれはあれでまた色々想像できます。
3、ネフサしてたときに、漱石がアイラブユーを月が綺麗ですねと訳した〜(うんちゃらかんちゃら)的なバトンを発見!
ちょうど話に詰まってたので盛大に使いました。
漱石さんすごいなー。元ネタ、リンは絶対知らないだろう。
春が近付いてきたのに冬ネタなのが悔やまれます。冬の散歩は楽しいですよ。歩いてて熱くなってくるのに、肺には冷たい空気が入ってくるところとか!
思うところがあったので一部変更しました(3月20日夜)大して変わってないけどね。気持ちの問題なのです。
2、チルの君が好き ジャケットと歩道橋、缶コーヒー(ココアとミルクティーだけど)なんかを。
この歌はサビ以外の歌詞が好きです。あと、PVがまたいい!世界観がね!あれはあれでまた色々想像できます。
3、ネフサしてたときに、漱石がアイラブユーを月が綺麗ですねと訳した〜(うんちゃらかんちゃら)的なバトンを発見!
ちょうど話に詰まってたので盛大に使いました。
漱石さんすごいなー。元ネタ、リンは絶対知らないだろう。
春が近付いてきたのに冬ネタなのが悔やまれます。冬の散歩は楽しいですよ。歩いてて熱くなってくるのに、肺には冷たい空気が入ってくるところとか!
思うところがあったので一部変更しました(3月20日夜)大して変わってないけどね。気持ちの問題なのです。