ドタドタと階段を駆け降りる音に手の中にあるカップのカフェオレが波紋をたてる。
誰だ朝から騒々しいヤツは、と思ってもこんな騒がしい音をたてるのはこの家では一人しかいない。
「ねー!レン、夢!すごくいい夢見ちゃったの!!」
リビングの扉を勢いよく開けて入ってきたのは案の定リンだった。
ほらね、予感的中。
別にいつも一緒にいるからだとか、いつもリンを見てるからだとかではなく、家の中で一番騒々しいのがリンなだけ。
「う〜〜〜レンー!」
ちらっと見ただけで何にも聞かずにそんなことを考えていたら、
聞いてるの?とでも言わんばかりの恨めしそうな声が上がる。
「あー、ハイハイ夢がどうしたって?」
適当に流すつもりで受け答えたのに、リンは心底嬉しそうにニカッと笑みを浮かべる。
リンの夢のことだ、食べても食べても減らないプリンだとか、みかんの山に埋もれるだとか、きっとそんなことに違いない。
それだけでこんなにはしゃげるリンを単純だなー、と思いつつもそれ以上の愛おしさが込み上げる。
「あのね、夢にね、」
一文節ずつ区切りながら話すリンに、カフェオレ飲む?と尋ねるとコクンと大きく頷く。
ついでに自分の分も、と空になったカップを持って立ち上がりリビングと繋がっている台所へと向かう。
「……たの!」
「えっ?」
ポットのお湯を注ぐのに集中していたら、リンの話しを聞き逃してしまった。
すると、
「もう!だから、夢にレンが出てきたの!!」
と、少しばかり強めの声でリンが言いなおしてくれた。
「………へえ、それで?」
間を空けてなんとかそれだけ返す。
良かった、今リンに背を向けていて。
そうはっきりと言い切れるほど自分の顔が熱くなっているのが分かる。
夢にオレが出てきただと?
いや、そこじゃなくて、夢にオレが出てきただけでこんなにはしゃいでるのか?
こんなことで嬉しいと思うなんてバカじゃないか。
殊更ゆっくりと冷蔵庫から牛乳を取り出しながら思考を巡らす。
………バカなのはオレもか。
頬に手を当てると、そこは燃えるように熱かった。
「それでね、夢の中のレンと不倫しちゃうんだー」
だけど、その後に続いたリンの言葉にオレの顔は一気に青ざめた。
「ふ、不倫!?」
「そ、不倫」
振り向けばカフェオレを心待ちにしているからか、それとも夢のせいで浮かれているからか、
どちらなのかは判らないけれど、気分良さそうにリンはニコニコとしていた。
「リン、わかってる?」
「なにが?」
「不倫ってことは、リンは誰かと付き合ってるってことだぞ?」
そう不倫ってことは、リンには別の相手がいるってことだ。
それが誰なのかわからないけど、妙に腹立たしい。
たかだか夢の中の出来事なのに。
「それくらい知ってるよー」
「そうなの?」
てっきり不倫の意味を間違えていた、と言うよりオレ的には間違えであってほしかったけど、リンにあっさり当たり前でしょと返された。
騒がしい胸中を落ち着けるように、小鍋にいれたミルクに火をかける。
「でも、おかしいよね」
「何が?」
「あたし、レンと付きあってるのにレンと不倫するんだよ」
カップ内のお湯を捨てて、サーバー内のコーヒーを注ぐ手を止める。
「意味が、わからないんだけど」
「えっとね、」
「ちょっと待って」
話し出そうとするリンを止めて、コーヒーを注ぎ切りその上から適正温度まで温められたミルクをカップに注ぐ。
拭きこぼしでもしたら、後でメイコ姉から叱られてしまう。
ふんわりと柔らかい湯気が漂うカフェオレを急いでリビングまで運ぶ。
「どうぞ」
それをリンに差出しながら、自分はリンの向かいの椅子に腰掛ける。
「ふー、おいし。ありがと」
「いや、そっちじゃなくて…」
「ん?」
「えと、その、…夢の続き」
ああ、と納得したリンはカップをテーブルに置く。
「確かね、夢の中のあたしはレンと付き合ってる設定なの」
「うん」
「それでねー」
夢の内容を反芻しているのだろうか、リンは人差し指を顎に突きたてる。
「何があったかは忘れちゃったんだけど、レンとケンカしちゃうんだよねー」
「ふーん、その後は?」
早く、早くと心の中ではリンを急かしながらも、表面上は顔色を変えずに先を促す。
何だかイヤな予感しかしないのは気のせいだろうか。
「まあ、そこで慰めてくれる人もレンだったわけで…」
「それで不倫に走っちゃうわけ?」
リンが結論を言う前に自分で終止符を打つと、目の前の金色の髪が前後に揺れて肯定された。
なんだ、そう言うことか。
不倫だなんて言うから、どんなもんかと思っていたら大したことなさそうで少なからずほっとした。さっき感じた予感は杞憂に終わりそうだ。
むしろ夢の中でリンと付き合っていたのはオレだし、更に傷心のリンを慰めたのもオレってことは、喜んでもいいことではないだろうか。
まあ、これが現実ならオレがリンを慰めるだろうし、そもそもリンを傷つけない。
「で、でもっ!不倫っていっても特になにもなかったよ!?」
長いこと無言でいたオレに慌てた様子でリンが訂正する。
その様子がおかしくて思わずオレは吹き出した。
「笑わなくたっていいじゃない…」
もう、と言った感じでリンは少し冷めたカフェオレをくぴっと飲んだ。
ごめんごめん、と言いながらもまだ笑っているオレをリンは見上げる。
「でもさ、すごくない?」
「なにが?」
「付き合ってる人もレンなら不倫相手もレンってことはさ、あたしどれだけレンのこと好きなんだろうね」
そう言われた瞬間、本日二度目の熱の上昇を感じた。
「お、お前なぁ、よくそんな恥ずかしいこと言えるよな」
「えーだって本当のことなんだもん」
当の本人はさも当たり前と言った感じで、動じてなんていやしない。
その言葉が持つ威力ってのをリンに教えてやりたい。
お陰でリンの顔を直視できなくて、テーブルばっか眺めている情けない自分がいた。
口に出さないだけで、オレだってリンのことが一番…。
「それにしても、かっこよかったなぁ〜二十歳のレンは」
だから、次にリンが放った言葉は瞬時にオレを絶頂からドン底に突き落とした。
「なに、それ…?」
「え?だから不倫したレンが二十歳だったんだよ」
しれっとした様子で答えるリンに、思わず息が詰まった。
不倫相手がオレ、だけど二十歳のオレだと?
会ったこともない人物にどうやって夢で会うんだよ、と思いながらも心の中がもやっとした。
「身長が高くてねー、すぽっとあたしのこと包んでくれたの」
「ふーん」
嬉々として話すリンの声を無心で受け止める。
「手も大きくてね、だけど触り方はすごく優しくてね、ぞくぞくするような低い声でささやいてくれたり…」
どんどん出てくるリンの褒め言葉。
褒められてるのはオレのはずなのに、嬉しくないのは本当の自分じゃないから。
すみませんね、身長も高くないし、手だってリンと大して違わない。声だって低音よりは高音の方が評価が上だ。
オレはぶっすっとしながらテーブルの一点を見つめ耐え続けていた。
………はずなのに。
「それと、脱いだらますますいい身体してたの」
最後のリン言葉に、今まで耐えていたものが一気に吹っ飛んだ。
「ちょっ、リンっ、さっき何もなかったって!?」
「うん、何もなかったよ」
ガタッと大きな音を立てて椅子から立ち上がったオレを見上げながら、リンは茶化すようにこちらに笑いかけた。
「だってそこで目が覚めちゃったもん」
と言いながら肩を軽くすくめてみせた。
「あ、あたし午後イチでお仕事あるんだった」
唖然として何も言えないオレに構うことなく、リンはカップに僅かだけ残っていたカフェオレを一気に飲むと椅子から腰を上げた。
「ごちそうさまでした!」
それだけ言うとリンは慌てた様子でリビングを出て行き、起きたときと同じようにドタドタと階段を駆け上がって行ってしまった。
一人残されたオレはしばらくぼう然と立ちすくんでいた。
それからしばらくして、ふと思い直すとすっかり冷めた自分のカップを持ち、キッチンの流しにその中身を捨てた。
そして空いたカップに新しく牛乳をなみなみと注ぐと、まだ見ぬ自分の未来像に嫉妬心を抱きながら無言でそれを飲み干した。
戻る / 以下反転であとがき / 2010.02.2 ... UP
初夢ではないけど、夢ネタだし1月中にあげるとよくね?
現在2月。もう初夢とか意識しなくていいや\(^0^)/
こんなんだからダメなんですね(汗)
そういえば、この話は初めて全部ケータイで書きました。
文字打つのが遅いので、できれば手書き下書きがいいんだけど、
思いついたときに手軽にできるのと、怪しまれないのがいいね(・∀・)!!
現在2月。もう初夢とか意識しなくていいや\(^0^)/
こんなんだからダメなんですね(汗)
そういえば、この話は初めて全部ケータイで書きました。
文字打つのが遅いので、できれば手書き下書きがいいんだけど、
思いついたときに手軽にできるのと、怪しまれないのがいいね(・∀・)!!